教授の名言集
強烈な自負心を持つ天才は孤独の時間に自分と見つめ合うことで、自らの内部にエネルギーをたぎらせる回路を備えている
齋藤孝
依存と自立は反対概念ではない
河合隼雄
子どもたちは大人の根本姿勢 をすぐ見破る力を持っている
私の意識の世界というものは、一つの体系というか、一つの秩序をもっています
問題児というのは、我々に「問題」を提出してくれているのだ
心理療法というのは大変なエネルギーのいる仕事で、どうして自分はこんなに苦しい事をしなくてはならないのだろうと思うことさえある
会社で使うエネルギーと家庭で使うエネルギーは全く別のもの
一人の人間が生きるというのは、スゴイことです
イライラは見通しのなさを示す
愛情とは、関係を断たぬことである
道草によってこそ道の味がわかる
理想がないところではコミットメントは起こらない
心と体は関連していて自我というのは、心と体の両方コントロールできる
生きた言葉を使わなきゃいけない
自分の心の井戸を深く深く掘っていく。そうすると、繋がるはずのないものが繋がってくる
魂はそのままでは自我には絶対に分かりません
僕だってなぜ生まれてきたのか分からないし、人間なんて信用してるって言っても、本当は誰も信用できないかもわからない
男性に対する敵意を若い女の人がもつとしたら、その底に考えられるのは父親との関係
僕らやってるのは演劇の演出家と同じこと
身分というのは個性の反対
怖い父親が強い父親とは限らない
日本人は権威と権力をごっちゃにする
教育というものは「教」の面と「育」の面があります
子どもの個性を発見する為には、親が個性に目覚めてないとダメなわけです
問題があったからといって批判する必要はなくて、問題の中をどう生きていくかが大事
日本人が平等主義の主張をする時、それを民主主義と結びつけて考える人が多い
人間が生きているということは大変な事である
自分も知らないような自己をいかに実現するかというのがその人の一生なのだとユングは考えた
結局、自分の心の奥深くに入っていくと、自分のことでありながら、自分を超えているという、その感じがすごく強くなる
一般の人々も深層心理学の知識を持っていると便利なことが多いと思う
アイデンティティというものは、いわゆる客観科学における概念とは違う
子育てや教育の問題をますます困難にする現代の要因の一つは、科学技術の急激な発展にある
心と体で人間ができていると、皆思うけれども「心と体以外に、もう一つ、わけの分からん存在があるんだ」という風に考えるとすごく面白い
自分の内界を自分が全部知ってるように思うのは大間違い
心の表面にある知識のみを「情報」として捉えていたのでは、本当に生きることにはつながってこない
催眠なんていうと、皆、嘘っぱちに思うんですが催眠というのは、ほとんどの人がかかると言っていいぐらい
夢を分析すると、その人の無意識的な心の働きが分かる
嘘をついたり騙したりしているようでありながら、ちゃんとうまいこと事を運んでいく、道化というのは、そうい役割をしている
人の悪口を言う人は、だいたい「私は大丈夫」と思ってる
(意識の)層について「イスラーム哲学の原像」はきれいに層を分けて書いてあります
男と女の二分法というのは、あまり意味をもたない
こ の世で生きていくのに、魂なんか考えんでも普通に生きられます
臨床心理学の勉強を始めても、日本にはあまり教えてくれる人がいなかった
個性を伸ばそうとする限り、他人とぶつかるはず
(価値観が)多様化しているようでいて、ホントはものすごく一様化している
日本人で単純に物事を考える人は単純にモノを言い過ぎる
楽しいというのは生きる力が働いている時である
我々は「絶対ダメ」と決めつけることによって多くの可能性を奪っていないだろうか
アメリカに比べると日本はまだまだ自由に生きにくい国
人間の不安の源泉に「死」があるとも言える
人間というのはどこか短絡的なところがある
安易に悪を許容することは百害あって一利なし
我々は社会に適応していく為に適切な仮面を持っている
日本人が「○○大学卒」というのを、一つの身分として考えているように思う
科学の強いとこ ろは、その普遍性にある
「人づくり」には子どもが動き出すのを大人が助けていく姿勢が必要
ユングは人生の後半の意義を強調する
子どもを幼い時に可愛がるということは、どんなにしてもし過ぎることはない
パスカルは「人間が天使になろうとすると悪魔になる」と言ったそうだが、全くその通り
父親にしても母親にしても、時に我が子に対して「すまなかった」と言わねばならなら時、あるいは言いたい時があるものである
我々、心理療法家のところへ「心の病」に苦しむ人が訪れて来られる、そこで私が会って心の問題は何かが発見され、解決法が示されるなどということは、まずあり得ない
自我が目覚め始める思春期になると、自分は親に「操られている」のではないかと感じはじめ、その時に色々な暴発的な行為が生じる
個性の尊重ということは、一人一人の責任と課題を重くする
子どもを叱って、言うことを聞かない時や、うまくいかない時は、大抵大人がどこか間違っています
仏教的な考え方を臨床心理学に取り入れていますが、これが結構役に立っています
人に意味のある教育者となる為には学力にしろ他の能力にしろ、評価は評価として、しっかりと行いつつ、それが人間の評価とは異なるものであることを自分自身がしっかりとわきまえていることが必要
自然科学や科学技術は三人称の死、つまり人間が死ぬということを語ることはできる。ところが二人称の死や一人称の死を語ることはできない
宗教とか信仰とかは別に、現代人には非常に頼り甲斐があるものとして、自然科学の知というものがある
西洋で起こった無意識の研究は、段々と仏教的な考え接近してきた
大人は子どもに「教え」「導く」ことに躍起にならず、子どもの自主性を尊重して、そこから生まれてくものに学ぶほどの気持ちを持つべきである。これは放任とは全く異なる
日本人の宗教観や倫理観は、日常生活そのものと深く結びついており、キリスト教のように教義、説教、礼拝などと明確に結びついてはいない
いくら平等であれ、自由だ、人権だといっても悪い者は悪い
今、子どもたちから一番よく聞く言葉は「居場所がない」ということ
人間は能力差があるのは当たり前だが、日本人はどうして戦後から五十年あまりを「平等主義」の建前でやってきたのだろう
恋愛は誰でもできるけれども、恋愛を本当に完成させていくのは、すごく大変な仕事
現代の親は非常に短絡的に、いわゆる子どもの成績など知的な能力にこだわりすぎ
我々は生涯の中で、その生涯にふさわしいファンタジーを見つける必要がある
心理療法というものは、一言にして言えば、来談した人の自己治癒の力に最大限に依存することによって目的が達せられる
自我は未完の存在として、常に全体性を求めて自己実現の過程にあるものと考えられる
物が豊かになることや生活が便利になることはいいことである。しかしそれによって失われりは大切なことを、どのような形で補填するか
「○○すべきである」というルールはなるべくなら作らない方がいい
ユングが自己の概念を立てる時に東洋思想からヒントを得たと言われている
「私」という存在にできるだけ生きることの面白さを味わわせてやりたい
好きなように好きなことをするのは養生術に適ってくる
クライアントが本心と矛盾しているようなことを言っている時にはね、こっちが黙って聴くへど向こうは矛盾をきたしてくる