武士の名言集
末の世において、道義を実践したならば、必ず、その時の人々から、極端と言われる。逆に言えば、世人から極端と言われないなら、それは、決して道義ではなく、迎合に過ぎない
吉田松陰
汝は汝たり、我は我たり
一日一字を記さば一年にして三百六十字を得、 一夜一時を怠らば、百歳の間三万六千時を失う
あまり怒りよると、とうとう腹もなんにも立たぬようになる
学問の上で大いに忌むべきことは、したり止めたりである。したり止めたりであっては、ついに成就することはない
心ある立派な人の務めは、自分の身を修め、まごころを尽くすことにある
宜しく先ず一事より一日より始むべし
志を立ててもって万事の源となす
生を捨ててみれば、視界は雲なく露なくきわめて澄みわたり、世の現象がいかにもクッキリとみえ、自分が何をすべきかの道も、白道一筋、坦々として眼前にあります
人間たる者、自分への約束をやぶる者がもっともくだらぬ
「国家とともに」という志がないならば、人ではないのである
学問ばかりやっているのは、腐れ儒者であり、もしくは専門馬鹿、または役立たずの物知りに過ぎず、おのれを天下に役立てようとする者は、よろしく風の荒い世間に出て、なまの現実を見なければならない
だいたいにおいて世間の毀誉(悪口と称賛)というものは、あてにならぬものである
親思う心にまさる親心
利をうとんずるといふ事は、必ずしも富を厭ひ貧を欲するといふ事ではない。貧富によりて少しも心をみださないといふことである
人間が生まれつき持っているところの良心の命令、道理上かくせねばならぬという当為当然の道、それはすべて実行するのである
法律をやぶったことについてのつぐないは、死罪になるにせよ、罪に服することによってできるが、もし人間道徳の根本義をやぶれば、誰に向かってつぐないえるか、つぐないようがないではありませぬか
英雄はその目的が達成されないときには悪党や盗人とみなされるものだ。世の中の人から馬鹿にされ、虐げられたときにこそ、真の英雄かどうかがわかる
思想を維持する精神は、狂気でなければならない
悔いるよりも今日直ちに決意して、仕事を始め技術をためすべきである。何も着手に年齢の早い晩いは問題にならない
賞誉されて忠孝に励む人は珍しくない。責罰されてもなお忠孝を尽す人物こそ真の忠臣孝子である。 武士たるものが覚悟すべきこと、実にこの一点にある
成功するせぬは、もとより問うところではない。それによって世から謗されようと褒められようと、自分に関することではない。自分は志を持つ。志士の尊ぶところは何であろう。心を高く清らかにそびえさせて、自ら成すことではないか
奪うことができないものは志である。滅びないのはその働きである
死して不朽の見込みあらばいつでも死すべし、生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし
どんな人間でも一つや二つは素晴らしい能力を持っているのである。その素晴らしいところを大切に育てていけば、一人前の人間になる。これこそが人を大切にするうえで最も大事なことだ
人を信ずることは、もちろん、遥かに人を疑うことに勝っている。わたくしは人を信じ過ぎる欠点があったとしても、絶対に人を疑い過ぎる欠点はないようにしたいと思う
教えるの語源は「愛しむ」。誰にも得手不手がある、絶対に人を見捨てるようなことをしてはいけない
今の世の中、優れた人物がいないと人は言うが、上の者が優れている人物を好むということさえすれば、人物がいないことを心配する必要はない
人を観察するのは、目によってする。胸の中が正しいか、正しくないかは、瞳が明るいか、暗いかによって分かる
学問をする眼目は、自己を磨き自己を確立することにある
世の中には体は生きているが、心が死んでいる者がいる。反対に、体が滅んでも魂が残っている者もいる。心が死んでしまえば生きていても、仕方がない。魂が残っていれば、たとえ体が滅んでも意味がある
17、18の死が惜しければ、30の死も惜しい。80、90、100になってもこれで足りたということはない。半年と云う虫たちの命が短いとは思わないし、松や柏のように数百年の命が長いとも思わない。天地の悠久に比べれば、松柏も一時蠅( ハエのような存在)なり
至誠にして動かざる者は未だこれ有らざるなり
敵が弱いように、敵が衰えるようにと思うのは、皆、愚痴もはなはだしい。自分に勢いがあれば、どうして敵の勢いを恐れようか。自分が強ければ、どうして敵の強さを恐れようか
君子は何事に臨んでも、それが道理に合っているか否かと考えて、その上で行動する。小人は何事に臨んでも、それが利益になるか否かと考えて、その上で行動する
人間には精気というものがあり、人それぞれに精気の量は決まっている。この精気なるものは抑制すべきである。抑制すればやがて溢出する力が大きく、ついに人間、狂にいたる。しかし、おのれの欲望を解放することによって、固有の気が衰え、ついに惰になり、物事を常識で考える人間になってしまう
決心して断行すれば、何ものもそれを妨げることはできない。大事なことを思い切って行おうとすれば、まずできるかできないかということを忘れなさい
志定まれば、気盛んなり
学問とは、人間はいかに生きていくべきかを学ぶものだ
平凡で実直な人間などいくらでもいる。しかし、事に臨んで大事を断ずる人物は容易に求めがたい。人のわずかな欠陥をあげつらうようでは、大才の士は、もとめることが出来ない
自分の価値観で人を責めない。一つの失敗で全て否定しない。長所を見て短所を見ない。心を見て結果を見ない。そうすれば人は必ず集まってくる
大事なことを任された者は、才能を頼みとするようでは駄目である。知識を頼みとするようでも駄目である。必ず志を立てて、やる気を出し努力することによって上手くいくのである
道を志した者が不幸や罪になることを恐れ、将来につけを残すようなことを黙ってただ受け入れるなどは、君子の学問を学ぶ者がすることではない
一つ善いことをすれば、その善は自分のものとなる。一つ有益なものを得れば、それは自分のものとなる。一日努力すれば、一日の効果が得られる。一年努力すれば、一年の効果がある
みだりに人の師となるべからず。みだりに人を師とすべからず
今日の読書こそ、真の学問である
小人が恥じるのは自分の外面である、君子が恥じるのは自分の内面である
大器をつくるには、いそぐべからずこと
私心さえ除き去るなら、進むもよし退くもよし、出るもよし出ざるもよし
夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。故に、夢なき者に成功なし
後世必ず吾が心 を知り、吾が志を憐み、吾が道を信ずる者あらんか
橋本左内
去稚心、振気、立志、勉学、択交友
何事も他人に負けてはならないとする気持ちと、決めた目的の下に一刻も油断なく、心の緊張を失わないことが大事だ
誰にでも何かの仕事に適する素質がある。世の中が必要とするものは多く、自分が役に立てることが必ずある
今日から聖人、豪傑を志した者が、明日、明後日と順次にそれに合わない性質を少しづつ取り去れば、最初は才能の無い者でも、聖人・豪傑の地位にまで達することが必ずできる
私たちは生涯、忠義を尽くし、御恩に報いる目的で一切の艱難を乗り越えなければならない
一事を根気よく長時間続けることは困難なのである。勉とはそれに打つ勝つだけの忍耐力の養成を意味する
友人の中にも損友と益友がある。益友とは自分の欠点を遠慮なく告げてくれる友のことである。益友の印象は悪い。時には自分の感情を害する言行もあるが、大切にしなければならない。益友の言葉により自分を正しい道に導き、欠点に気付き、矯正するのがよい
大多数の世間の人々が、平凡な一生を終るのは志が小さく、意志が弱いからだ
一度志を立てた以上は、何よりもまず目的を定め、少しの時間も無駄にせず、確実な道を歩んで、その目的を達成するように努力するのがよい
偉人の経歴を読書により知って憧れること、師や友から聞いたことに発憤すること、自分が逆境に陥ったときに勇猛心を起こすこと、感激することの四つが志を立てる大きな理由となる
常に恥とは何かを知り、人に負けない様に強い気を持ち、どんなときでも権力に盲従してはならない
志を立て、その目的を達成する手段の中で最も近道だと思うのは、聖人の書物や種々の歴史本の中で、自分が特に刺激を受けた部分を別紙に書き抜いて壁に貼っておくか、扇などに書いておき、日夜朝夕それを眺め、常に反省しつつ及ばない点について勉め、進歩を楽しむのがよい
志のない人間は魂のない虫と同じで、いつまでも発展することは無いのだ
二十六年、夢の如く過ぐ。平昔を顧思すれば感ますます多し。天祥の大節、嘗て心折す。土室なほ吟ず、正気の歌
人間おのずから用に適する所あり、天下何ぞなすべき時なからむ
学問は生涯を通じて心掛けねばならない
気とは人に負けまいと思う心、すなわち負けじ魂と恥辱を知ってそれを悔しく思う気象のことである
さみだれの かぎり有りとは しりながら 照る日をいのる こころせはしき
急流中底の柱、即ち是れ大丈夫の心
第一番に稚心を去らねばならぬ
学とは”ならう”ということで、すぐれた人物の立派な行いを習 い、みずからもそれを実行していくことである
勉、つとめるというのは、自己の力を出し尽し、目的を達成するまではどこまでも続けるという意味合いを含んだ文字である
激流にも耐えうる柱のように揺るぎない信念を心に持て
幼稚な心を取り去らなければならない。自己の修業を怠り、父母への依頼心を持つなどは幼稚な心である
目標に達するまでの道筋を多くしないこと
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