あるシーンを描いていたとき、自分が無意識に封印していた戦時中の残酷な記憶が呼び覚まされたこともありました
ちばてつや
ロックンロールに出会ったとき僕の心の中で1つのたまごが割れました。
甲本ヒロト
『ケイゾク』はひとつの作品として、私のなかで完全燃焼感がありました
堤幸彦
『結』の撮影中は、自分の処理能力を確実に超えた内容に何度も思考が停止し、『オズの魔法使い』のように頭がブリキ化する瞬間が多々ありました(笑)
ふとラジオなどから自分の曲が流れてくるのを耳にした時、「まだ自分は世間とつながっている、僕はここにいてもいいんだ」と、もう少しがんばろうと思えました
馬場俊英
全く想像がつかない世界だなと思っていました
伊調馨
この頃、ふと胸を去来するのは、おしんは私の分身なのかもしれないという思いです
橋田壽賀子
小説としてはすごくセンセーショナルなことが、そのまま映画として描いてもその人物に花が見えないこともあります
行定勲
いつしか、僕らのライフワークになったので、年がら年中、この作品(フラメンコ曽根崎心中)のことが頭の中を駆け巡っています
宇崎竜童
(『藪原検校』について)僕にとっても本当に幾重にも運命的な作品でした
野村萬斎
(ホラー映画で)ちょっと怖いシーンが来そうだなって時は早送りにした りしてました(笑)
ぱるる(島崎遥香)
(ソロモン流を見て)あれ観て“もう俺は成美さんに従っていくしかない”と決定づけられました
木梨憲武
演じた役は自分の人生の一つなんだって思うようになりました
宮沢りえ(女優)
気づけば自分軸ではなく、他人軸で物事を考えるようになっていました
瀬尾まなほ
自分がこうしたいと思う映像を頭に思い浮かべ、その映像をずっと抱き続けていると、すぐに考えていた通りのことが起きるものなのだ
ウィリアムジェームズ
(書籍を)三冊、四冊と書き進めるうちに、ようやく魂のこもった自分の言葉が、心の内から湧き上がってくるのを感じました
河原成美
骨の折れるしんどい仕事をしていると、作者にしか味わえない楽しみをそっと忍ばせてみたくなるのです
山崎豊子
『若草物語』(1949)では、家が破産する少女がいて、その妹が、「しかし、私には小説がある」というセリフを聞いて、「ああ、俺にはマンガがある」と思いました
松本零士
病気をしたことで、自分の『死』が近づいたことを感じました
八千草薫
私は歌いながらボランティア活動をしたかったのだけど、許してもらえず、孤立感を深めていました
アグネスチャン
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