実業家の名言集
スクラッチ(まったく新規にゼロから開発すること)な気持ですね。我々の時代は、ビヨンセ、パリス・ヒルトンのようなセレブに憧れを抱いている時代でしたが、留学を経験したことで「誰でも同じ人間だよね」というフランクな精神が芽生えましたね
寺田和正
考えることはできるけど、行動に移すことはなかなか難しいと思うんです。ですが、間違ってもいいので、とにかく一歩を踏み出すことが肝心。考えた後に、一歩飛び出す勇気が人生を大きく変えると思います
「明けない夜はない」という言葉は、シンプルで深い意味があると思います。ですが、僕は逆にいうと若者たちには「明けていく勇気」を持っていてもらいたい。留学には色々な不安があると思いますが、行けば必ず、自分で夜明けを明けられると思う
仕事運の有無以前に、自分の仕事や会社をきちんと見極めて転職している人は少ないのではないでしょうか。たとえば、仕事で失敗して上司に怒られたときに、自分の問題を突き詰めて考えるのではなく、「この会社は自分には合わないかもしれない」と安易に考えてしまう。つまり、鈍感という安全装置が作動してしまい、「もっといい職場がほかにあるんじゃないか」という幻影に逃げてしまっているわけです
おかしいなと感じたら、原点回帰してみよう
幸せになりたい。みんなを幸せにしたい。僕の原点です
僕の仕事は、いろいろな方と交流を深めて、そこからビジネスが発展するケースが多いんです。海外セレブのプロモーション・モデルへの起用も、様々なお付き合いを通じて実現したことです。それに夜、プライベートでいろいろな方とお話しすることで、知恵や情報が自分の引き出しとして増えていくというメリットもあります。その意味でも、仕事が終わってからの時間は大切ですね
ブランドは、国を超えた時に、大きな勇気になる
縁を大事にすれば運が。運を大事にすれば縁が。縁と運は表裏一体
皆が苦しい時は、チャンスだと思います
自分で会社を興してからは、もうこのまま死ぬんじゃないかというくらいに働いてきました。睡眠時間は毎日2時間、3時間ですから。でも、さすがに40歳になって身体のほうが言うことをきかなくなってきたので、最近はジムでトレーニングする時間をつくるようになりました。仕事以外のことに費やす時間が必要になり始めて、ようやく本当の意味で時間が有限であることを実感できるようになったのかもしれません
感じて、考えて、行動する
周りのみんなの、いいところを集結した人間になりたい
心のリミッターを外してやるだけで、時間に対する考え方もずいぶん変わるんじゃないでしょうか。うちの社員を見ていても、自分で限界を定めないスタッフは、一時間の仕事をなんとか30分で終わらせることはできないかと、必死に工夫しています。自分で自分のネジを巻いてやる気持ちとでもいうのかな。時間管理の巧拙は、そうした精神的な部分の影響が大きいと思います
基本的に、運は自分で努力して呼び込むものです
作ってくれる人がいるから商売が出来る
本当に転職で成功している人というのは、個人主義的なメンタリティーの強い外国人のように、もっと合理的に転職しているケースが多いような気がします。それが正しいかどうか、日本人気質に合っているかどうかはともかく、見るべき現状に蓋をしたままで転職しても、成功しないと思いますね
うちの会社は女性の社員が多く、彼女たちが働き続けられる環境をどう整えていくのかというのは、これからの大きな課題のひとつです。子供の生活時間に合わせて働ける環境は、ぜひつくらないといけないと感じてます
基本的には、朝から仕事をできるに越したことはないですね。朝は仕事がはかどりますから。僕は1日に2回、朝夕に頭が働く時間外があるのですが、その時間に決裁業務などをパッと終わらせてしまうことが多いですね。その代わり、夜はじっくりと人と話す時間に充てています。大切なのは、仕事の性質によって時間をうまく振り分けることかもしれません
これまで時間管理は、誰かにやらされるものだというイメージが強かったと思うんです。でも、本当はもっとポジティブにとらえて楽しむべきものなんですよね
仕事を自分から楽しまない人は、いい結果も出せません。僕はよく社員に「とにかく笑って!」と教えているのですが、それもハッピーな気持ちで仕事に取り組んでほしいからなんです。「幸せ」というキーワードは、これからのビジネスパーソンにとって欠かせないものなのかもしれません
我々のようなブランド・ビジネスは、信用とイメージの積み重ねが大事ですから、ある程度の時間がかかることも想定しています。でも、じっくり練られたものなら、焦らず着実に取り組んでいけば必ず成功すると確信しています
ブランドとは、関わる人を幸せに出来るビジネスモデルだと思います。今後も日本発世界ブランドへという強い信念を持って、挑戦し続けたい
「これいいなぁ、やってみよう」とパッと考えただけで行動に移しても、成功する確率はすごく低いと思いますね。ビジネスって、そんなに簡単なものではないでしょう。僕は、あらゆる側面から精査したうえで事業を興しているので、すぐに結果が出なくても不安はありません
人が「無理だ」ということがビジネスチャンスでしょうね。あるビジネスアイデアに対して、「いいけど、それは無理だね」と10人くらいにいわれたら、「そのチャンスは完璧に私のものだ!」って思いますよね。ただ、誰もが無理だと思うことは、たしかに実現は難しいのです。ですから、考えに考えて、実現の可能性を探るんです
日本の食は世界各国に広がりつつあります
河原成美
社員スタッフによる“厨房車ワークショップ”です。各地の小学校に出向いて子どもたちにラーメン作りを教えています
このままの自分で良いはずはない
『河原塾』を作りまして、ここでは後継者作りに力を注いでいます
株式上場を果たしたいと思っています。海外での上場を視野に入れて、規模的には年商300億円の企業にしておきたいと考えています
飲食業に携わるようになってからちょうど40周年に当たる2018年に、経営の第一線から身を引く決意をしています
味のコンセプトですか?う~ん、それは『洗練された品のない味』です(笑)
ラーメン界のプライスリーダーでありたい
世界に通用するラーメンを出して、“世界標準”を作りたいです。スターバックスのラーメン版みたいなグローバル展開をイメージしているんですよ
欧米など諸外国にはない“唇ですする”“喉ごし”を提案していきたい
日本の“食”は世界の中で、2000年に及ぶ伝統を持っています。しかも、四季を感じさせるという特徴もある。そうした日本独自の文化を世界に広めていきたいと思います
40歳のころ、仏教用語の“有恒(ゆうこう)”、そしてまた“無常”と出会いました。無常とは、万物は流転するということですね。それに対して有恒は『ただ、有り続ける』ということです。一見すると両者は相反するようにも見えるでしょ!? でもね、実は同じことなのです。変化の激しい中で『ただ、有り続ける』ためには、その内部では絶え間ない変化が必要だという意味が込められているんです
失敗は奨励しています。失敗してこそ、そこに成長があるわけですから。もちろん、その前提には確固たる情熱が必要です
仕事には3種類あると思うんです。生活の糧を得るための仕事、自己実現を図るための仕事、そして社会貢献としての仕事です
それ(ラーメン作りを天職だと悟っているかどうか)は入社時点では求めません。他ならぬ僕自身が、『一風堂』をオープンしてから12年後までラーメン作りを天職だと自覚できなかったくらいですから
社員としての採用基準としては『豚がら・鶏がら・人がら』と言いますが(笑)、素直で明るい優しい人で、飲食や人が好きという人が望ましい
僕は、次から次へと現れる誰だかよく分からない取材陣の1人としてあなたに会っているのではない。他の誰でもない嶋田淑之という1人の人間と会っているのだ
一般に飲食店では、お客とか顧客という名前で十把一絡げにしがちですが、1人1人の方にはちゃんと名前があり、その人ならではの歴史があり、家族や友人がいて、それぞれに喜怒哀楽の感情がある
『2-6-2の法則』というのがあって、来店してくださったお客様の2割はファンになってくれるが、6割は『まあ、こんなものかな』と思い、最後の2割はアンチになる
悲しい光景を作ってはいけない、ということを僕は常々言っているんです。残念なことですが、飲食業においては来店してくださったお客様に不快な思いをさせ、心を傷つけているケースが少なくありません
僕はラーメンを作っているんじゃなくて、ありがとうを作っているんだと思っています
有名人が来店してくれたり、メディアに取り上げてもらうのは光栄なことですが、だからといって、それをイチイチ声高に宣伝するようなマネはしたくないんです。カッコイイとは思えない
幸せの善循環を通じて、世の中の『一隅を照らす』存在になりたいですね
天職は、実は自分の足元にあったんです
僕は、なかなかイメージ通りのものを作ることができませんでした。氷点下という厳しい環境下、思い悩み、徹夜を重ね、精神的にも肉体的にも追い込まれていったんです
1人の人間が、天職に出会うというのは決して生易しいことではありません。人生の再出発をした27歳のときに、35歳(1987年)までに一生の仕事を見つけるという目標を立てたけれども、結局『これぞ我が天職』と自覚できたのは、35歳どころか45歳(1997年)のときなんですから
停滞していた福岡、そして九州のラーメン界に一陣の風を吹き込みたい、時代の変化に即した変革を起こしたい、という気持ちが強くありました
いつまでもこんな酔いどれの生活を続けていていいんだろうか、という疑念や焦りが頭をよぎるようになったんです
物事への執着を捨てて、精神の輝きを得るのが僕の美学です
(最後の晩餐)ご飯、味噌汁、目刺し、サラダ、野菜ジュースですね
若いころ、坊さんか仙人になりたかったんです
毎日が創業、毎年が創業
試作と試食は常に命がけです
戸板一枚あれば商売できる
意志あれば、道あり
『どうやったら繁盛店が出来るか』より『繁盛店よりも、まずは潰れない店にすること』が大切。なぜなら、潰れない店の先に繁盛店への切符がある
俺は堕ちるところまで堕ちた人間。怖いものは何もない。バカにされようが、うまくいかなかろうが関係ない。これからは死に物狂いで戦ってやる
(書籍を)三冊、四冊と書き進めるうちに、ようやく魂のこもった自分の言葉が、心の内から湧き上がってくるのを感じました
僕は社員さんに伝えるための、自分の言葉を探し始めました。しかし、それは決して簡単な作業ではありませんでした。最初の書籍をつくる時、ぼくは自分がいかに中身の薄っぺらな人間かを思い知らされることになりました
必死になって考えた結果、僕の求める仕事とは「良い社会人、良い大人、良い人間を育てることだ」と気づきました
たくさんの人に良い人生を送ってもらいたい――そう思い始めたのは、今から十年ほど前、四十代中盤のこと
一番大切なのは自分からの信頼だ。自分との約束を守り、掲げた目標を達成する
人間には無限の可能性がある。しかし、たった1つしか選べない
成功したいからやってるんじゃなくて俺がやったらもっとかっこ良くなるからやる!それは俺にしかできないことだ!
「どんな店にしたいのか」がハッキリしていない人はまず続きません。成功したいと思うなら、その「成功の形」をハッキリさせることが肝心
有名になるな、本物になれ
ふざけるな。誰一人「お客様」っていう人はいない。いるのは「人間」
よく、自分を信じることが大切というけれど、素のままの自分ほど信じられないものはありません。自分の中には、楽をしたい自分や虚勢を張りたい自分もいます。とてもそのままで信じられるような奴じゃないですよ。目標を立ててそれを達成していくというのは、そういう多様な自分とコンタクトを取っていく作業なんです。当然、上手くいかないことだってある。でも失敗を重ねながらいろんな自分とやり取りをすることで初めて「自分との信頼関係」ができてくるんです
目標を持つことの大切さは、若いころから意識していました
もしいま僕が30代に戻ったらラーメン屋はやらないと思います
僕にとって「カッコよさ」はとても大切な物差しなんです
高い目標を設定すれば、当然道は険しくなります。だからこそ、自分が人生を賭けてもいいと思えることに取り組まなくてはいけません
目標と同じくらい大切なのは、オリジナリティだと思います
私の思想の根幹は、人間は生かされているということ
塚本幸一
創業時には、創業者の性格によって種々なやり方があるようだが、よく代表的に比較されるのは甲州商人と江州商人の特徴である。甲州商人は大きな名刺を作り、いろいろと肩書きをつけて、『ハッタリ商法』をやるが、江州商人は、コツコツと汗と努力で築いていくと言われている
リーダーというものは、下に対して俺を信頼しろというのではなく、まず自らが下を信頼すること。全てはそこから始まります
一刻一秒も止まらず変化し続ける己自身を正しく知れと教わった
世界一の下着メーカーを目指そうと10年一筋の、50年計画を立てた。まず最初の10年で国内市場を育て、次の10年で確固たる地位を築く。70年、80年代は海外に進出。90年代は仕上げともいえる世界制覇である
人間がひとつの経験をすることによって、その後の人生が決まることを原点というなら、私にとっての原点は大東亜戦争
死んだ気になればなんでもできるというが、もともと自分は一度戦地で死んだ体である
どうせ打ち上げるなら、目標は大きい方がいい
どんなときも全身全力でぶつかってきた
計画づくりは非常に大事なことである。長期計画の達成に向けて、ひたむきな努力を繰り返した結果が儲けとして出る
どのような危機の時も私はたじろがなかった。むろん解決に自信があったわけではない
自分の内面を見つめて、常に己を知ろうとしている。己は時には、対面する相手の言葉や表情にも表れる
経営は毎年が創業、いや毎日が創業だ。さらに細分化していえば毎瞬が創業だ
私にとって人生とは、自分自身を知るための日々なのだ
私が座右の銘とする「知己 自分自身を知る」とは、戦争から今日にいたるまでの体験から生まれ出た人生の取り組み方、また、そうありたいと願う私の願望の言葉でもある
人の心は日々、千変万化する。だが、喜怒哀楽や物事の大小にとらわれず、現在の自分でできるかできないかで判断する
どんな業界にあってもトップ企業は、リーダーとしての責任を負うべきだ
格好よく言えば、私は女性を美しくすることに生涯を捧げてきた。誠に幸せな人生というべきだ
諦めと我慢の意思決定は、人生を左右する
この世に難関などない。難関というのは、あくまでも本人の主観の問題なのである。難関だと思っている自分があるだけ
失敗をする。しかしそれが人生の一番のターニングポイント
ラーメンに最初に興味を持ったのは、戦後間もなく大阪・梅田の焼け野原で屋台のラーメンに行列を作る人の姿を見た時です
安藤百福
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