アニメの制作に参加することになったときには、「よりによって戦艦大和か」というのが正直な思いでした。僕は飛行機マニア、戦艦マニアだったんですが、ヤマトは扱いにくいテーマなんです
松本零士
(なぜ当時の写真は採用されなかったのでしょう)独り善がりだったんでしょうね。雰囲気に飲まれるというか、特に自分の金を使って行っているんで、「必死だ」という気持ちばかりが強くなって空回りしていた
宮嶋茂樹
どう思われているかなんて考えても仕方が無いし、囚われすぎると自分を見失ってしまう。だから自分にまつわるゴシップとかにはあまり構わないようにしてるの
テイラースウィフト
イルカに会ったことは最初幸せでもあり、もしかしたら不幸かもしれない、と思ったことがあります。こういう出会いをしてしまうと普通の女性としての幸せ、人とこのくらい通じ合ったりというのができないかもしれない、とちょっと思い始めた時期もあったんです
小谷実可子
性格は信じられないほど無鉄砲です。昔、自分は死なないんじゃないかと思ったところもある。今は違います、ちゃんと気をつけないと危ないと
森光子(女優)
僕らがもっと、世界に打って出る必要もあると思うんですよ。ある意味、お笑い界の『日本代表』として、日本の笑いが世界のトップレベルだっていうことを証明してやりたい
ダウンタウン
僕自身が結婚したくない理由は、劇中で星野守が言ってることと全く一緒。料理もできちゃうし、自分の趣味を邪魔されることもないし、やっぱり誰かと生活を共にするなんて無理だな~って
草彅剛
(ある人が自宅の庭木の手入れは植木屋に頼んでいると言ったことに対する発言)じゃあ経団連をやめて暇になるから、僕が行くよ。僕のほかにも会社を辞めて植木屋のアルバイトをやっている人がいるから、2、3人連れて行く
土光敏夫
(斎藤佑樹の“仲間です”発言について)ああいうことを言えちゃう健全な精神ってアタシにはなかったから「こうやって太陽の光を浴びて育った人もいるのね」と思っただけ。さらにそれを聞いて「ワーッ」と喝采しちゃう早稲田のバカ学生たちの姿を見て「ホント幸せだな、日本って」と思っただけ
マツコ・デラックス
私個人としては、やはり事業部長がいちばんやりがいがあって楽しかったですね。社長になると全体の責任を持たないといけないし、会社全体のムードを良くすることを考えなくてはいけませんから
出井伸之
作品の中の「言葉(台詞)」、ストーリーは、より真実に近くなくてはいけないと考えている。脚本を書くにあたり、より歴史を理解し、戦闘シーンであればよりリアルな表現にするために「命令伝達様式」「戦闘ルール」を理解した台詞でなくてはいけない
私が最初に描いた漫画は『潜水艦13号』というもので、6歳のときのこと。なぜ「13号」かというと、昭和13年生まれだから
「上杉謙信と同い年です!」というセリフだけで、ワクワクしました。謙信と友人だったなら、「謙ちゃん!六ちゃん!」って呼び合っていたのかな?とか、想像するだけで楽しい
西田敏行
「あなたは日本を代表する素晴らしい俳優なんだから、もっともっとあなたのことを世界に知ってもらいたいの」と言われました。それを聞いたとき、うれしくて「OK!」なんて返事をしたんです(笑)
DQのスライムは可愛いんだよね。これで僕の基本的な音楽の方向性も決まったなぁという感じ
すぎやまこういち
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