こうして思うとね、30代後半に悔しい思いを体験したことはすごくよかった。順風満帆だったら、自分を変えようなんて考えなかった。有頂天だったころは、現場で力ずくで自分の筋を通したこともあった。おい!こら!とね。それは、オレの心が弱かったんだ。不 安だったんだ。そういう態度が誤解も生んだ。頭も打たれた。悔しかった。でも、悔しさは力だ。神様が与えてくれた試練だ。悔しかったからこそ、自分から変わろうと思ったんだから
こうして思うとね、30代後半に悔しい思いを体験したことはすごくよかった。順風満帆だったら、自分を変えようなんて考えなかった。有頂天だったころは、現場で力ずくで自分の筋を通したこともあった。おい!こら!とね。それは、オレの心が弱かったんだ。不安だったんだ。そういう態度が誤解も生んだ。頭も打たれた。悔しかった。でも、悔しさは力だ。神様が与えてくれた試練だ。悔しかったからこそ、自分から変わろうと思ったんだから
長渕剛
有頂天だったころは、現場で力ずくで自分の筋を通したこともあった。おい!こら!とね。それは、オレの心が弱かったんだ。不安だったんだ
ローソンは派手なことばかりやっている。社長である僕がマスコミに出て、いつもやれもしないことを大言壮語している。小売りのことをわかっていない、単なる目立ちたがり屋だ。小売業界ではそんなふうに思われているでしょう。僕はむしろ「何もわかっていない素人」だと思われたかった。そう思ってもらっている間に、徹底的に基本を磨き、組織を強化しようと思っていたんです。実際には、基本的なことの実行に90%の経営資源を使っていました
新浪剛史
(現役時代マスコミに追い掛け回されていた頃を振り返っての言葉)記者泣かせと言われたりしましてね。うまくできなかったんです。世間に対して、見栄えよく映ろうと思ったことは一度もなかったし、土俵に上がることだけが生きがい。それ以外は何を言われても構わない。本当の相撲ファンは、貴乃花が土俵で力を出し切ることを望んでいる。その人たちさえ喜んでくれたら相撲界の役に立てる。そう信じていましたからね
貴乃花
人生に偶然はない。〜中略〜 だからこうも思う。1998年W杯に行けなかったのも偶然じゃない。岡田武史監督がどうこうでもなく、僕に力がなかったのだと。努力が足りなかったのだと。〜中略〜 素晴らしき90分間を思い返す。幸せ、やり切った充実感...。ずっとやっていたいね。死ぬまでね
三浦知良
(食事について)意識し始めたのは35歳過ぎてからです。それまではしっちゃかめっちゃか。いまでもそういうときはあります。試合まで時間が空くときは脂っこいものも食べるし、みんながいうほどストイックじゃないですよ。人間ね、なんで仕事するかといったら遊ぶためだし、楽しむためでしょう。いい仕事をするためには思いっきり遊ばないと
俺は若いころ遊びが好きで、また戦争で学校にちゃんと行けなかった。履歴書を書いたって誰も雇ってくれない。いつも絶体絶命。それがよかった。目の前の仕事しかないんだから、やる気がないなんて言っていられなかったんだ。それに、学問を知らないという劣等感がある。これがいまでも、大学や大学院で勉強した奴に負けるもんかという自負心のもとになっているんだ
岡野雅行
僕はアマチュアで五輪を目指して、その夢が叶えられず、もういいかなって1度やめてるんです。最初は楽しかったんですよね。もう練習しなくていいから。でも、ものすごく虚しくなった。復帰したいなって気持ちがものすごかったんで。やっぱり、ボクシングが好きなんだなって。今思うと、やめていた時期があるからこそ 、これだけ好きなことを実感できるし貪欲になれるんだなってのは思います
内山高志
体力は落ちるどころか、現時点ではまだ少しずつ上がっていってる実感があるんで。もちろん、いつか体力が落ちるのは避けられない。急に筋力、体力が落ちてくのかなって、ちょっとした怖さは多少はありますけど。だからこそ、来年からはやっぱり年間3試合はやりたいですね。ホント、1、2年以内に海外でやりたいです。体力が落ちる前に。今、ピークを迎えようとしてるんで
実は僕、95年の阪神淡路大震災のとき、京都に住んでて、震災を経験したんだ 。でも当時はなんにもできなかった。それですごく後悔してね。“こうしたらよかった” “あんなことができた”って。3・11の地震が起きたときに自分がすぐ動いたのは、あの後悔があったから。前にやれたはずなのにやれなかったことを全部やった
GACKT
うん。ママには、『泣いて、ごまかすな』って言われた。叩かれたりもした。でも、ママも泣いてた。ふたりで泣いた。泣いたのは叱られたからじゃない。失敗したのが悲しくて、悔しかった。こんな経験、『もう、ヤダ』って思った。それと、全部、ママの言う通りだなあって
浅田真央
トイレで泣い たのは、何て言えばいいんだろ。あのね、気持ちが『かくん』って、なったの。終わった直後は、うっすらだけど、『金メダルが取れるかも』っていう期待があった。で、二位だったから、『かくん』。でも、少しの間だけだよ。真央、だいじょうぶだった。表彰式の頃には、感謝でいっぱいになってた。あんなにいっぱい応援してもらったのに、落ち込んだ顔をしていたら、観客の人に悪いでしょ。真央が暗いと、みんなも暗くなっちゃう
もちろん絶望という気持ちもありました。辛いですし、苦しいですし。息ができなくなるような苦しさっていうのもありましたし。もうどうしたらいいんだろうって思いますよね。でも前に進むしかないんです。生きていく以上、っていうより、生きることが出来る以上。こうして生きることが出来る。本当に素晴らしいことです
小橋健太
よく、自分を信じることが大切というけれど、素のままの自分ほど信じられないものはありません。自分の中には、楽をしたい自分や虚勢を張りたい自分もいます。とてもそのままで信じられるような奴じゃないですよ。目標を立ててそれを達成していくというのは、そういう多様な自分とコンタクトを取っていく作業なんです。当然、上手くいかないことだってある。でも失敗を重ねながらいろんな自分とやり取りをすることで初めて「自分との信頼関係」ができてくるんです
河原成美
試合中はもちろん熱くなりますので檄も飛ばします。ただし、自分のエネルギーを次へ向かわせようと考えているので、試合後に怒っていたことを忘れてしまうというのはしょっちゅうです。例えば、選手に「辞めてしまえ!」とひどく怒ったことを次の日に忘れていたことがあります。その時は次の日にその選手の元 気がなく、「元気ないな。どうしたんだ。」と声をかけたところ、「昨日、清宮さんにきつく言われたので…。」と言われて前日に怒ったことを思い出しました(笑)
清宮克幸
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