日本はどちらかというと、日本のテーマという風にはならず、アメリカやフランスみたいな、誰にでもわかるような普遍的なテーマ。それはなぜかと言うと、それぞれの国がそれぞれの観客で回っている国なんですよ。ただ、そういうところでは、逃げ道がないと思ったんです。影響された映画を、日本で真似をしたところで観客はいない
行定勲
そんな石原慎太郎の挑発に国が乗ってしまった。日本のメディアはそれを不思議とも思わない。よく知らない相手の国ばかりを悪く言うが、紛争に発展したらどうするつもりなんだろう
岩井俊二
一流選手がプレッシャーに強いかというと、そうでもないですよ。結局、どんな人でも自分の大きな願いが叶いそうになると、ひるむものなんです。だから、本番は普段の実力からたいてい目減りする。でも、それは仕方ないですよ
井村雅代
"アナーキー"ってのはそもそも思考の自由を象徴してるんだ。こういう何もかもが息苦しいほどシステム化された時代だからこそ、もっとそれぞれが真剣に対峙しなきゃならないテーマなんだ。支配階級に飼いならされた家畜と化さない為にもさ
ジョン・ライドン
よく楽しみましたっていうけれど、おかしいよね。なにやってるんだって言いたくなる。勝負を自分の仕事として、トーナメントを戦っていて、楽しむという言葉はないでしょう。自分がどこまで勝てるのだろうかというゲームと、楽しむというゲー ムは違うんだから
青木功
人間、力が出るって時っていうのは誰かのためになにかしたい。そういう時だと思うんで。俺は新日本プロレスを愛しているから。愛してるからこそ守りたい、力がでました
棚橋弘至
今の社会は、人生とは何かとか、人間の生きる意味は何かみたいなことを言い過ぎる。若い人には 、それが強迫観念になっている。何かとそういうことを言う大人が悪いんだ。自分たちだって、生きることと死ぬことの意味なんか絶対にわかってないくせに
ビートたけし
人間とは何か考えてもわからないけど、考えることをやめられない。それが安定であり幸せ。そういうことを共有できるような宗教をやりたい。それはいってみれば科学ですけども、一般の人は宗教と言わないと敷居が高いだろうから
石黒浩
やれ運命がつまらないの、人生がつまらないのって人は、その考え方がつまらないんです。いいですか、幸福も健康も成功も、ほかにあるんじゃないですぜ。あなた方自身のなかにあるんだぜ
中村天風
日本という国は足し算の文化だと思うのです。アメリカの文化は、Aがあって次にBに変わったら、Aはなくなってしまう。でも、日本の文化は違います。AプラスBという形で変わっていくことができるのです。AからBになっても、Aはなくならない。それが足し算の文化なんです
出井伸之
今の宣伝部には一級の人材がいると信じて疑いませんね。しかし僕は、どんなに仕事の能力があっても、やはり人柄が悪いといけないと思うんですねえ。最後に決めるものは、人柄ではないでしょうか。このことはね、洋の東西を問わず、アメリカでもその他の自由主義諸国でも、いやそれだけでなく、共産圏においても言えることではないでしょうか
佐治敬三
ぼくはね、広告というのは、社会に向かって、〝僕たちはこういうことを考えているんですよ〟とわれわれの考え方を、社会に訴えてゆく。また、社会が何を求めているか、それを探し、それに応えてゆく。そんなものだと思うんですよ。ぼくはね、PRとは、社会への語り掛けだと思うんです。〝われわれは、こんなふうに、社会に貢献したいと思っているのです〟そういうふうにね
(宗教とは何ですか?)我々は無限の社会で苦しいと言っている。自由にならないとか苦しいというところに何か限られたものを感じておって、限られたものを感じるということが正しい無限を感じることに決まっておるんですね。そうでなければ無限、有限というものが苦しいと感じることもなけりゃ不満足だと考える理屈はないんですね。有限というものの中におって、そういう感情を起こすのは、すなわち裏に無限があるからだと。その無限に対する関心が欠けておると、その関心を持つのが宗教だと
鈴木大拙
私には、私なりに指導者たるものかくあるべし、という持論があります。何かというと、「人に教えるということは、同じ人に、同じことを四〇〇回いえるかどうかにかかっている」という考え方です。四〇〇回でもダメなら、九〇〇回いうのです。まだ、できないなら、一五〇〇回いいます
斎藤一人
あなたが大切にしなくてはいけない人が、もう一人いるんだよ。それは、あなた自身です。自分を大切にできない人は、人も大切にできないものなの。やさしい人って、ついつい自分のことを後まわしにしちゃうけど、自分のことも忘れないで。あなたは自分にやさしく、人にもやさしくでいこう
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