フィニッシュを自分で最初から決めつけないということだと思います。きっちり作り込んだ曲もあるし、バーッとやった曲もあって、けっこうデコボコなんですけど、その1つひとつがトライなので。やってみないとわからないですからね
馬場俊英
結局ね、夢はみんな持ってると思うんですよ。だけど、その夢の見方としてね、ただボーっとそれこそテレビで見てるだけで『あぁ、こんな事いいなぁ』みたいな見方と、それから実際にやってみようとして夢の実現に一歩近づくために何か行動を起こす、例えばマッチを一回擦るだけでもいいんですよね。何かをやろう!ってする瞬間があるじゃないですか、やり始める、それだと思うんですよ、その線を越えるっていうのは
甲本ヒロト
曲を作ろうと意気込んだところで、だいたい良い曲は出てこないんです。寝ていて急に浮かんだりする。それをしっかりキャッチできるか
坂本龍一
もともとYMOって、ヴォーカルはあっても歌じゃなかったと思うのね。わけのわかんない英語の歌詞でさ。で、別に意味を伝えるとかっていうことでなくって、なんかそういうサウンドがあればいいっていう感じだったんだけど…
遊びは結果を求めませんし、プロセス。僕が音楽を作るのもそんなプロセスが面白いから…子供の砂遊びみたいに、何を作ろうとイメージするのではなく、いじっているうちに形になっていく。それが創作であり、僕にとって創作こそ遊びだと思います
いま普通に手に入る音源のなかで、おどろいたことにCDが一番クオリティが高いんですよ。なくなるはずのCDが一番音質がいい。だから買ってラップトップに取り込んでいます
新曲はいっぱいあるので、そこに入りきれなかった曲は、EPか何かで出ることも考えられますね。どこまで完成できるか、ですね
YOSHIKI
『1989』は今までの自分のどのアルバムよりも好きよ。前作はカントリーミュージックも捨てがたい、でもポップミュージックが気になる、そしてそれをひとつのアルバムにまとめてみたら、まるでパッチワークキルトみたいになってしまったの
テイラースウィフト
(アメリカに行って)より本質的になったというか、シンプルになったというか、そういうことなのかな。余計なことを考えなくなりましたね
永里優季
映画館に行って、会社や学校みたいだったら皆嫌ですよ。そういうことから、いい意味で解放されたいわけじゃないですか。だから、皆映画館に行くわけですよね。それがひどくなるとよくないと思うけど、その“いい程度”をどうやって作っていくか、それが今後の映画館のテーマじゃないかって気がします
鈴木敏夫
私にはいつだってビジョンがあるの。曲を書くときはいつも、どんな衣装を着て、どんな風に動いて、どんな歌い方をしようかって考えてるし、そのアイデアを曲にからめながら書いてる。だから単純に「歌」とは呼べないのよ。私はステージで棒立ちになって歌うわけじゃないから
レディーガガ
一応やってみるんですよ。痛い目を見て完成度も低くていいんですよ。完成度が低いんだから、ここに色々な枝葉をつけて完成度をごまかして持ちあげられないかなっていう工夫ですよね。そうすると工夫が面白くなったら、工夫の方を光らせればいいんですもん
所ジョージ
何にも考えてないから、困りようがない。手だてを先に考えちゃったら、困ったり成功したりはあるけど、僕は何にも考えてないから、手応えがないし、やり遂げた感はないよ。日々楽しいなっていうことだから
僕はね、歌は誰でも作れると思ってるんですよ。みんなが作らないのは完成形を早く求めたがるから。例えば「誰でも作れるから」っていう歌詞を歌にするとして、“誰でも作れるから~”って歌う。こりゃ商業ベースには乗らないだろうって思うから、どうしよう、リズムつける? “誰っでも作れるっからっらっら~” とかやってみる? でもダメだな…って、結局みんな諦めちゃうわけ。だからね、諦めないで完成させればいい。みんな完成させないだけの話なの。歌は誰でも作れる
(子どもに)ちょっと待ってと言わないです。子供ってすごく質問するじゃないですか。料理してると危ないし、普通は「ちょっと待って」って言いますけど、そうすると質問する力が弱くなるから、火を止める んですよ。料理がまずくなっても、まず「よく聞いてくれた!」って言うんです。それで答えて、答えられなかったら後で考えようねと言って料理を始めるんです
アグネスチャン
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