昔はマンガって勉強で疲れたときとか、親とか先生に怒られてがっくりしたときに救いを求めて読むようなものだった
ちばてつや
コントのアイデアなんて、富士の湧き水みたいに何十年も湧き出てなんてこない
志村けん
女の人を粗末にするもんじゃないという思いは、子ども時代のことがあるからかもしれない
取材にこられる記者も、昔はゲームをやっていたけれど、いま はやりませんという人ばかり
岩田聡
テレビの脚本なんて、モノ(完成した映像)にならなきゃカスみたいなもの
橋田壽賀子
僕は映画の寸評をやっていた時期があるんですけど、自分のセンスを疑われるのがイヤだから、面白くない映画は「面白い」という表現を使わないで、「原作の世界観を壊さずに……」とか言って逃げるんです
品川祐
テレビの怖さが分かっていればネタが尽きた時、ネタのプールができるまで、いい印象のまま、ちょっとテレビから消えるとか、テレビで得た名声でキャバレー回って稼ぐとか、そういう手があるけど、まだそこまでテレビの怖さを認識している芸人はいなかった
いかりや長介
必ずしも漫才とかコントのネタを作っている人とか、前にどんどん出てくるタイプでなくても、書くと面白いという人がいます
松本人志
めっちゃ笑える話って、もとをたどれば、『腹の立つ話』だったりするんじゃないですか、そう考えると、面白い芸人っていうのは、すべての感情をいったん『お笑いのフィルター』に通して、そこで信号を切り替えられる人間のことかもしれません
ダウンタウン
僕は昔、新人賞の選考委員をやっていて痛感したんだけど、若い子たちの小説には同世代ばかりが登場する
重松清
先生のスゴさって、きっと先生が死んで数十年経ったくらい に「私ってすごい人のそばにいたんだ」と今なんかより、もっと実感するんじゃないかと思います
瀬尾まなほ
昔っから、朝のテレビ小説なんて、私らみたいな雑な、暇な、二流の役者がやるもんだっと思ってました
樹木希林
四次元とか超能力とか、霊感とかって言葉は、やたらオドロオドロしいんだけど、人間がもっともっと自然と感応してた頃には、普通のことだっただろうと思う
昔はたとえチョイ役で出た作品だったとしても、的外れな評価をされれば、その人の首根っこ掴んで「この映画はこういうことなんだよ!」って言わずにいられない性分でした
私はオカルト小説を書いていますけど、心霊体験って一度もしたことないんですよね
岩井志麻子
近所のお寺さんのお偉いさんに(名前を)つけてもうたって親から聞いた時に、もう想像を絶するくらいショックだった
明石家さんま
青春小説、青春映画っていうのがあるんだから、青春音楽っていうのもあっていいんだ
峯田和伸
(かっこいいセリフはどうやって思いつく?)小説とか読むじゃないですか、そうするとかっこいいセリフとかかっこいい言い回しに傍線引いてましたね
福本伸行
早めに仕事に取り掛かると良い事がたくさんあってね、例えば、ストーリーが決まって漫画を描き始めて、何本か溜まった時に「あ、やっぱり変えよう」って気がつくこともある
ネタが冴えてて、感情が表現できてたら、それは相当おもしろい漫画にな
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