私は本年の2月、大達長官から糞尿の輸送をしてくれと言われた時には、これは実に困ったと思いましたが、大達長官の熱心さに感激して引き受けてからは、実に愉快にやっております。私は人生は一つのドラマだと思います。自分に合った仕事をしなければな らん。これを適材適所と申します。
私は本年の2月、大達長官から糞尿の輸送をしてくれと言われた時には、これは実に困ったと思いましたが、大達長官の熱心さに感激して引き受けてからは、実に愉快にやっております。私は人生は一つのドラマだと思います。自分に合った仕事をしなければならん。これを適材適所と申します。
堤康次郎
僕は自分よりレベルが上の人と飯を食った時には「先輩、こんなに忙しい中で時間もらって、こんないい話まで聞かせてもらって、この晩飯代まで出してもらったら、僕の男がすたります。ここは僕に出させて下さい」と言って、お金を出してきた
近藤太香巳
大島渚さんが逝ってしまった。監督が、お一人で台本を抱えて来られ、映画に出演してくださいと おっしゃり、私は無謀にも『私に音楽をやらせてください』とお願いし、全てはそこから変わった。この喪失感は誰にも埋められない。大島さん、安らかに。合掌
坂本龍一
坂本龍馬が、かつて俺に「先生はしばしば西郷の人物を賞せられるから、拙者も行って会ってくるにより添書(紹介状)をくれ」と言ったからさっそく書いてやったが、その後、坂本が薩摩から帰ってきて言うには「なるほど西郷というやつは、わからぬやつだ。少しく叩けば少しく響き、大きく叩けば大きく響く。もし馬鹿なら大きな馬鹿で、利口なら大きな利口だろう」と言ったが、坂本もなかなか鑑識のあるやつだよ
勝海舟
俺もこの男の知遇にはほとほと感激して、いつかはそれに報いるだけのことはしようと思っていたのに、惜しいことに俺が長崎にいる間に死んでしまった。こんな残念なことは生まれてからまだなかったよ
もちろん大きな出版社を知らないわけではありません。でも、私もイギリスで小さな出版社から本を出して、それがこんなに成功したという経験が頭にあったし、代理人からこんなに情熱的に、私の本を出版したがっているところはない、と聞いて、情熱に勝るものはない、と判断したのです
jkローリング
上司が「あの件はどうなっているか」と質問すれば、部下は必ず、「何月何日までに値段はいくらで、こういう状態で入荷します」と答えなければいけません。なぜなら、それが人を成長させる唯一の道だと思うからです。だから、うちの役員・社員はどこへ行っても数字や論理で表現しなければなりません
似鳥昭雄
教科書より講談本のほうがよっぽど面白かった。ただ、聞いているだけではだんだん物足りなくなって、自分でも読みたくなる。そこで、母親に『本、買うて』とねだると、母にしてみれば講談本でも何でも子供が“本”を読んでくれるのが嬉しいものだから、すぐに買ってくれました。塙団右衛門直之なんていう名前も覚えていますよ
橋本武
藤岡さんが亡くなり、宇津井さんが亡くなり、山岡さんが亡くなり「もう鬼はやめる」と決めていたんですけど、どこに行っても皆さん「鬼はいつやるんですか?」とおっしゃってくださるんですね。そうすると、やらないと悪いような気がしてしまって…
橋田壽賀子
私のドラマはもう受け入れられない時代。でも、こんな栄誉をいただいた(文化功労者に選ばれた)ので、自分が書かせていただけるところがあれば、また書きたい思いはあります
私の家が裕福で資産があり、それを元手に会社を設立したのであれば、オーナーとして余裕のある経営ができたでしょうが、創業時はお金もなく、実務経験もありません。黒字化は緊急課題だったのです。幸い、全員で必死の努力を重ねた結果、初年度から黒字決算になりました
稲盛和夫
特殊な世界。奥様になるからには、まずは役者の妻は前に出しゃばることなく、奥ゆかしく徹し、後援会の皆様に気に入ってもらわねば
デヴィ夫人
小出監督は本当に指導がすごいと思います。長年、高校で陸上競技を指導してこられたので、この選手にはこんな言葉 を、あの選手にはこんなメニューを、といった具合に、その人に合った声をかけ、練習メニューを作ってくれました。それは、指導者として引き出しが多かったからだと思うんですね
高橋尚子
社長とか、上に立つ人間がいばらないと、いいことがあるんです。いばらないと、人に嫌われない。これって、当たり前ですね。ところが、この当たり前のことを社長がやると、あとは、ふつうにしてても、「あそこの社長は立派だ」とかいわれちゃうんです。社長さん、わかりますか
斎藤一人
一番得意だったのは浜口内閣の時にやった予算の討論だ。私は田中内 閣の業績と現内閣のそれとを比較して政友会を大いに攻撃した。しまいには政友会側はすっかり憤慨し、鳩山一郎君などはあんな演説を聞くとなぐりたくなるねと議席から演壇の途中まで出てきたそうだが、よせよせあいつは強いからといって引戻されたと新聞に書いてあった。当時は鳩山君も元気だったものだ
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