落語家の名言集
自分が弟子を取るようになってね、談志がどれだけ我慢して、許して、愛してくれたのかが分かるようになった
立川談春
一番好きな道(競輪選手)を歩めなかったのだから、あとは何になっても同じ
(談志師匠について)言ってることは滅茶苦茶だけど
他人が盛り上がっていると素直にそれに乗れない性格だった
僕と志らくは一年半のキャリアの差があった。落語界ではこの差は大きい。決して同期と呼べるような間柄ではない。志の輔兄さんは僕より一年半先輩、年齢は僕より一回り上で同じ午年。志らくは僕より三才年上だった。志らくは落語を覚えるスピードが速かった
(談志さんから最初に稽古をつけてもらう際に言われた言葉)君も落語家を志すくらいだから、落語の一つや二つくらいはできるだろう。どんな根多でもいいから喋ってごらん
今年は悪い年だったと嘆く人には「いつまでも過ぎたことをグズグズ云うねぇ。除夜の鐘と一緒にキレイにサッパリ忘れちめぇ」であり「良いことばかりあるわけじゃねぇだろうが、悪いことばかり続くと決まったもんでもねぇよ。明日になりゃ一陽来福だ。生まれ変わってやり直しだ」となる
最終的に残るのは愛だよね、人に愛されたいと思ったら自分が愛するしかない
(志らくさんについて)同じ談志の弟子で同世代、キャリアも同じくらいなら、いつかはきっと勝負する時が来る
時代が悪いの、世の中がおかしいといったところで仕方ない
己が努力、行動を起こさずに対象となる人間の弱みを口であげつらって、自分のレベルまで下げる行為、これを嫉妬というんです
17歳で入門した
一番大切なのは憧れをきっかけにして自ら気持ちが動くということ
立川志の輔
歴史というのは自分がいる位置を確認させてくれる楽しい学問のはず
人と違うことをやる人は人と違うことを考えてる
悩んでる最中というのは思い切り心が狭くなる
テレビゲームが面白いなら、その面白いテレビゲームを作ってる人間こそが面白い
思い込みって怖いとつくづく思う
今、地球は便秘と下痢を続けてるんでしょう
数字でハッキリ優劣が決まる勝負事の世界はスターが出やすい
今、自分の感情をいかにコントロールできるかが立派な人間の条件とされているよう
聞くと見るのでは大違い
私が落語を覚えるのは、落語が好きだし飯の種になってるからだし、お客さんに笑ってもらって拍手もらうのが嬉しいから
人間がやる舞台は、やはり人間が守らなければ
ことやモノに対して、どんな物差しを使うかで見方は当然変わってきます
日本の中だけにいるとどうも快適過ぎてボケるような気がして、時々カルチャーショックを受けに海外へ行きます
お金だって持ちすぎると、うまい話を持ってくる人が後を絶たず、うっかり乗っちゃって大損こいたり、分不相応な高級バーに通って驚くほどの金額を請求されたり…
大人がボケて笑われる場面ばかりを面白おかしくテレビで見てる若い人たちが世の中をナメるのも無理はない
日本的には「ちっとも知らなかった」という無知の罪は「知っててわざと隠してた」悪意ある罪より許される傾向にあるよう
冬に風邪をひくのは当たり前なんだから、うまく付き合っていけばいい。そこで自然に体全体の免疫力を高める方法をお教えします。なんてったって笑いが一番。笑ってキラー細胞増やして風邪予防するのが一番安くつく
言葉は生き物なんだから刻々と変わっていくのが当たり前で、誰かが正しい使い方を決めること自体ナンセンス
ストレス解消に是非「志の輔落語」をどうぞ
お客さんがどう喜ぶか、これだけでいい
うちの師匠は落語の神様に選ばれた人
(談志さんについて)「どんどん行け。なんかあっても責任はオレがとってやる」が口癖だった
(人はそれぞれ)違うから鏡になる
(談志さん存命中)一度たりとも天狗にさせてもらえなかった
オレは入門したら、いきなりの寄席引退。あの時の過激な談志のそばにいたオレは、早々と「談志になれない」って悟ってしまい、過去を知らずに今日に至る
入門して二年目で師匠から「二つ目になれ」って言われた
オレと談春が最も違うなぁって思うのは、オレには「落語家?談志を見てるゆとりがなかった」っていうこと
病室で酸素吸入器をつけながら、師匠が最期にやった落語も「蜘蛛駕籠」だった
オレは結果的に師匠の真逆を行こうとした男
芸人たるもの、人たらしじゃなきゃね
(談志さんから)司会なんて仕事は誰でもできるけど、お前のところに、その番組が来るっていうのがすごいんだ※その番組…NHKのガッテン
師匠が亡くなって見て分かったのは、弟子全員が、あの偉大な天才を全部引き受けようなんていう了見は持てなかった
師匠は実は心底、寄席が好きで、時が経つにつれて言動からもそれがにじみ出てくるようになった
師匠には“喋る場所は自分で探せ、とにかくお前は立川流実験第1号だ、思いっきりやってこい、売れてこいと
29歳の時、吸い寄せられるように談志の門を叩きました
国立演芸場で真打披露をやった時、師匠が米朝師匠を招んでくれたんだけど、米朝師匠の口上が今も心に残っている「この方はテレビでいっぺんかニ遍見たことがあるような気がしますが、落語はいっぺんも聞いたことおまへん」
こいつが、毎年ここで1万人を集める落語をやっているっていうから、嘘だろうと思って来たら、まあ、これなら客も来るわなって、談志流に褒めてくれて…
(落語は)私ひとりで何人分かの役者の仕事をやって、あとはお客さまに『お願いします』って頼っている状態
(立川談志師匠について)世間がイメージしている通り、厳しい師匠でしたが、その実、優しい面がたくさんある師匠でした
時代に合った新しいものを作っていく
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