野球選手の名言集
3球目で三塁走者の長嶋茂雄が猛然と本塁へ突っ込んできた。外野フライでも1点入る場面。セオリー無視でサインもなかったホームスチールである。タッチアウトとなった長嶋を、私は呆然と見つめていた
広岡達朗
『打撃の神様』川上哲治さん。神様だけに他人のことは気にしない。他人のバットを黙って勝手に使い、挙げ句に折ったりする
あのくらいのボールを捕れないファースト(川上哲治)がいたら野球なんてできるか
時間がたった今、自分に辛くあたった人、球団にはむしろ自分が発奮する手助けをしてくれた、と感謝している
今年、優勝を果たしたのちに、(原監督に)「日本球界のため、弱いチームで監督をやります」と宣言してほしい。ファンは大喝采すると思いますよ
今の巨人の野球は、本来の巨人の野球とはまったくの別物であることをお伝えしておきたい
長嶋が勇退する際、原を後継者として推したのは私です。彼が父親である貢氏の指導法を肌で知り、そのDNAを引き継いでいると思ったからでした
大将が打ち始めると相乗効果で前後も良くなるんですよ
無意識で体が動くようになれば選手の「本性」が出る。そこで監督が選手の本性と適性を見極めチームを作っていくんですよ。だから本来、監督の仕事は2月のキャンプでほぼ終わっているのです
正しい理論は、膨大な練習量が伴って初めて実証されるのです
頭で理論を考えれば勝てるものではない。頭がいいほうが勝つなら、東大は今頃連戦連勝しています
野球で勝つには、そのチームごとに「戦力の方程式」を考えなくてはなりません
他球団は巨人の真似をする。巨人が今のような野球をしていると、球界全体がダメになる
フロントがいい選手を集めてくれる巨人は、勝って当たり前。だからこそ勝ち方にこだわらなくてはならない
野球では、試合に勝っても勝ち方が良くないということは多々あります。まさに今の巨人がその状態です
今の評論家は負ければ貶して勝てば褒める──そんな奴ばかりですが、私は本当の野球とは何かをお伝えしたいと思っています
人間は本来保守的である。ある状況に慣れると、とくに強い動機がない限りそこから抜け出そうとしない。それが安楽であればあるほどその状況に固執しようとする傾向がある
もうこのへんでいいやと思ったら、その時は敗北している
人間はその潜在能力を引き出すことで、素晴らしく変化する
好きなことにどれだけ体を張れるか
立浪和義
悪い時にどれくらい歯を食いしばって頑張れるかが大事
自分が一度やると決めたら、妥協せずに継続していくこと
勝負事は勝たないとね。勝負事はケンカ
本気で悔しがって、反省して、明日はやり返すという気持ちをもっと持たないと
迷路にハマりかけたら、一回立ち止まってバッティングをシンプルに考える
「間」が長いバッターはいいバッター
基本があってこその応用
しっかりとしたフォームが身についていないと、ヒジや肩の故障につながる危険性が高まる
努力は当たり前の行為
失敗しても失敗しても、どこかで必ず成果が出ると信じてやり続ける
自分からボールを迎えに行ってはいけない
(星野仙一監督でご自身が選手だった時代)負けは許されなかった。理由など関係なしに。負けたら傷口に塩じゃないが、自分が怒られることが分かっていて、憂鬱でしょうがなかった
どんなに優れた技術を持っていても、絶対にやり抜いてやるという気持ちが薄い選手は、上のレベルになればなるほど通用しなくなる
野球を通じて成果が出るまで、やり続けることの大切さを学んだ子どもは、やがて将来野球以外の道に進んだとしても、きっとどこかの場面で「あの遠い日」の心構えが実を結ぶはず
失敗の回数が多ければ多いほど、成し遂げた時の喜びは大きい
ほころびは心の揺らぎから生まれる
あまり深く考え過ぎてもダメ
スランプ脱出の最良の薬はヒットを打つこと
バッターは向上心を持ちつつも、好調時のフォームでずっと通していくのが一番いい
失敗は子どもの特権です。失敗によって気づくことは山ほどあります
好結果を出すことで初めて努力は「よく頑張ったな」と人々から共感を得られる
(バッティングの際)体が突っ込んではいけない、ピッチャー方向に体が流れてはいけない
焦りが力みを生み、力みがフォームの乱れにつながる
今の選手はずいぶんのんびりしている。
素直でかわいげのある選手はたくさんいる。
言い方は悪いが、負けに慣れているところが少しある
やんちゃでも野球には真面目であってくれれば問題ありません。
それくらいの選手のほうが根性があったり、気持ちが強かったりしますからね
いかにボールを自分のミートポイントまで引きつけるか
バッターにとって避けたいのは状態の悪さをバッテリーに察知されること
記録はいつか必ず抜かれる
ヒットを打つ確率なんて、いいバッターでもたった3割
野球の技術を磨いていくことも大切ですが、子どものうちに考える力を養っておくことは、それ以上に大切なこと
小さい身体がハンデだとは思いません。気持ちで負けない限りは
現役を引退するとき、いやその前からいつかはドラゴンズの監督をやりたいというのが私の目標であり、夢でした
しっかり腕を振った上で緩いボールを投げられるピッチャーは強い
好投手ほどストレートにこだわる
バッティングは紙一重の世界
首が寝てしまうとキャッチャー側の肩が下がり、ピッチャー側のワキが開き、ヘッドが下がった状態でバットが出ていく
(野球教室で指導して感じた点として)バットが体から離れたところで回っている子どもたちが非常に目立つ
できないことをできるようになるまで努力して、できるようになったら、その確率を高める工夫をして、高い確率でできることは、その質をさらに高めていく
落合博満
オレの理想の野球はノーヒットで1点とって1-0の野球が理想
自分の目標を達成したり、充実した生活を送るためには必ず一兎だけを追い続けなければならないタイミングがある
監督が常に考えておくべきなのは、「負けるにしても、どこにチャンスを残して負けるか」ということなのだ
厳しい競争は自然にチームを活性化させる。だからこそ選手たちが自己成長できるような環境を整え、そのプロセスをしっかり見ていることが指導者の役割なのだと思う
シンプルな表現は受け手に勘違いさせる場合が少なく、大切な要素を凝縮しているものなのだ。高い技術を持っている人ほど、その難しさを熟知しているからこそ、第三者に伝える際にはシンプルな表現を使おうとする。それを聞き逃さず、重要なヒントをつかみ取ってもらいたい
私がチームに貢献したことは何か、と問われれば、選手に「俺たちもやればできるんだ」と実感させたことではないか。そういう意味で就任1年目のシーズンの取り組みには大きな意義があったと思っている
監督の仕事は、ペナントレースの最初から最後までベストを尽くして戦うことである
出会った人との縁といった要素も、人の人生を左右するのではないかと思っている。そしてどんな道でも成功を収めるためにはある種の才能が必要だと感じている
リストラするのは簡単だ。しかしその選手をそこまで育てるのにどれだけの時間、労力、そして金をかけたのか。その発想だけは忘れてはならないのだと思う。それでも毎年何人かの選手には戦力外通告をしなければならない。だからこそ私は12球団どこに行っても戦力と考えてもらえる力をつけさせたい
黙々とデータに目を通している選手が一流になるのではなく、実際に対戦した投手の印象を自分なりに整理し、「こういう場面ならこうしよう」と自分の方法論を確立しておく選手が成績を残していくのである
「こいつは何度言えばできるようになるんだ」内心でいら立つくらい飲み込みの悪い選手ほど、一度身につけた技術を安定して発揮し続ける傾向が強い。彼らの取り組みを見ていると、自分で掴みかけたり、アドバイスされた技術を忘れてはいけないと何度も何度も反復練習している
私の場合、野球という仕事においては二兎も三兎も追う気持ちが無ければタイトル争いを制することができなかった。首位打者、本塁打王、打点王のタイトルを一度に手にする三冠王はまさに「三兎を追って三兎を得る」という気構えで成し遂げたものだ
本来なら味方であるはずのファンやメディア、場合によっては選手をはじめ、身内からも嫌われるのが監督という仕事なのだと思う。しかし嫌われるのをためらっていたら本当に強いチームは作れない。本当に強い選手は育たない。ひいてはファンの皆さんが喜ぶ勝利も得られないのではないか
プロ野球界にも「この人が指導者になったら面白いのに」という人材はいるのだが、人気がない、知名度に乏しい、イメージが地味など、重箱の隅をつつくようにマイナスポイントを探しては潰してしまう。そしてその人の本当の指導力や可能性は決して語られない
どこかの会社が出した商品が評判になれば、他社は何のためらいもなく同じような商品を世に出していく。そこに競争が生まれ、老舗の売り上げを二番煎じが上回り、いつしか二番煎じがスタンダードになった例などいくつもある。大切なのは誰が最初に行ったかではなく、誰がその方法で成功を収めたかだ
オレの言ったことが分かったかどうかを確認する。「おまえ聞いたよな、オレのコトバ。いま、オレが何を言ったか、自分で言ってみな」と聞く。
「話を聞いていないととんでもないことになるから、人の話を一所懸命、聞かざるをえなくなる
コーチがどんなに親身になって接していても、選手の側にそれを受け入れる気持ちがなければ成果は上がらない。ここが、若者の成長をサポートする際の難しさでもある
どんなに一生懸命に練習に打ち込んでも、ライバルとの競争に勝ち、投手との勝負に勝ち、チームの看板選手としてペナントレースに勝たなければ、本当の一流にはなれない。
ならば、自分を高めようとする意欲の上に、「どんな相手が目の前に現れても必ず俺が蹴落としてやる」という野心が必要なのだ
球団の財産は選手だ。ならばどんなことをしてでも選手を守らなければならない。企業経営者と話をしても、常に考えているのは「どうやって利益を上げようか」ではなく「いかに社員とその家族の生活を守っていくか」である。その目的を達成するためなら、自分は嫌われたって恨まれたって構わない
現場の長にある指導者は、欠点を長所に変える目を持って新人に接していくことが大切
気持ちを切り替える場面で本当にしなければならないのは、ミスの原因をしっかりと精査し、同じような場面に出くわしたらどうするのか、その答えを弾き出してから次へ進むことである。気持ちを切り替えてミスがなくなるのなら初めから切り替えた気持ちでやれば済むことではないか
話し手と聞き手の話にギャップがあれば、議論になる。議論になって初めて、納得してもらえる。そうじゃないと、彼らは動きようがない
私は、人生や仕事というものは誰かを頼るのではなく、自分で切り開いていかなければつまらないと思っている
みんな、怒られながら、怒鳴られながら、褒められながら、分からない時は人に助けてもらいながら、その経験を積み重ねて今があるんでしょ。学校卒業したばかりの若者に、おれんところの会社の仕事をソツなくやれというのが無理
コトバというのは、教わった側がちゃんと聞いて、理解して、納得して、実行して、結果を残して初めてカタチとなる
本当にその選手を育てたいと思ったら、「負けるなら負けてもいい。この試合はおまえに任せた」と言ってやるのが大切
志の低い人間は、それよりさらに低い実績しか挙げられない
何でもできる人はいない
1つ1つのプレーについては、グラウンドに出てる選手が、「これが一番いい」と思ってやっていること。それがミスだったとしても野球にはつきものだから
40本塁打してくれる大砲が貴重な戦力なら、送りバントを100パーセント決めてくれる選手も大切な戦力だ
働き場を与えれば、人は動く
精神的なスランプからは、なかなか抜け出すことができない。根本的な原因は、食事や睡眠のような基本的なことにあるのに、それ以外のところから原因を探してしまうんだ
壁にぶち当たった時に、自分のやってきたことを否定してしまうとすべてがスタートに戻ってしまう
うまくなるヒントは、なんぼでもその辺に落ちている
最終的にこうなってくれればいいという形を示し、その人にあったやりやすい方法を探す。方法論は何も一つだけではない
欠点を直すこと、それは良い部分が失われることでもある
最も厄介なのは、言葉は悪いが、感覚や時の勢いだけで物事に取り組む人だ。そんな勢いは決して長続きしないことを覚えていてほしい
2
閲覧履歴
なし