父も母も、息子が一流大学を中退して、誰も聞いたことがない「マイクロコンピュータ(パソコン)」なんてものの会社を始めると聞いて、内心がっかりしたと思う。それでも、二人はずっと応援してくれた
ビルゲイツ
僕はショービジネスが大好きだよ。でもその一方で遊んだり楽しんだりしたいという部分で悲しかった。いつかだか、南米に行く準備をしていて、みんな荷造りして、車に乗ってたんだけど、僕はもう行きたくなくって隠れて泣いていたんだ。遊びたかったよ。行きたくなかったんだ
マイケルジャクソン
女は自分の中に子宮を持っている、自分で自分をはらむことは出来ないけれど、感覚として、自分を包み込むことは難しくない。だから女は一人でも生きてゆける
岡本敏子
男は考え違いをしている。一生懸命、無理して役割を果たしているのに、女はちっともわかってくれないと心外に思っているだろうが、私たちは、何もそんなことを頼んでいないのよ
僕は自分よりレベルが上の人と飯を食った時には「先輩、こんなに忙しい中で時間もらって、こんないい話まで聞かせてもらって、この晩飯代まで出してもらったら、僕の男がすたります。ここは僕に出させて下さい」と言って、お金を出してきた
近藤太香巳
兄貴は、僕の尊敬する人物の一人だ。小さいときから、そうだった。遊びのことでも、スポーツのことでも、試験勉強のやり方でも、兄貴の言うとおりやれば、まず間違いないと思っていた。こうなると、もう一種の信仰だね。だから、あいつの言うことはよく訊いた。いまでもそうだ
石原裕次郎
父親がネコっかわいがりにして、どうしても病院に入っていなければならない病気の感染期間が過ぎると、うちで治療するからといって、治療器具を買って、病院から出しちゃったんです。とにかくそんなふうで……
坂東玉三郎
たくさんの人が「12か13才の時に、レコード会社に行って音楽業界に飛び込むなんて勇気、よくあったね?」と聞きますが、それは学校で感じた拒絶感を感じないことを分かっていたからです。 音楽業界はもし”no”と言うとき、少なくとも丁寧ですから
テイラースウィフト
藤岡さんが亡くなり、宇津井さんが亡くなり、山岡さんが亡くなり「もう鬼はやめる」と決めていたんですけど、どこに行っても皆さん「鬼はいつやるんですか?」とおっしゃってくださるんですね。そうすると、やらないと悪いような気がしてしまって…
橋田壽賀子
ボクシングは中学校1年生のときに始めました。小さいときの夢というのは実は特になかったんですが、ちょっとだけやんちゃな時期があって、中学校の担任の先生が「お前、何かほかにやりたいことないんか」というので、「ボクシング」って言ったらその週末に近くの高校につれていってくださって。練習は何回も逃げ出しましたけど、なんとか、いい出会いにも恵まれて今に至っています
村田諒太
うまくいかなくて、自分が頭を抱えているときに言われると、そんなこと言われなくても分かっているってことになる。そうなると感情論になる。それが一番よくない
落合博満
私の家が裕福で資産があり、それを元手に会社を設立したのであれば、オーナーとして余裕のある経営ができたでしょうが、創業時はお金もなく、実務経験もありません。黒字化は緊急課題だったのです。幸い、全員で必死の努力を重ねた結果、初年度から黒字決算になりました
稲盛和夫
土台を考えないでいて、家の構造ばかり考えたって、その家は住むに耐えられない家になっちまうでしょう。人生もまたしかりであります
中村天風
『おまえは、世界一になれる!』と、毎日のように言い続けたのだ。高橋(尚子選手)にしてみれば、365日『おまえは世界一になれる』と同じことを言われていると、本当はなれっこないと半信半疑でも『あれ、もしかしたらなれるのかな』とその気になってくる。だが私は本当の本気だった
小出義雄
社会人になって、食べても太らないと思ってたのは、実は十代がんばってたときの余力で、今度二十代で何もしなかった子は、それが三十代に出るっていう、それだけのことなんだよ。気づいてない子多いよ
GACKT
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